【ギャップありすぎて辛い…】「他人から見た自分」と「自分から見た自分」に悩むあなたへ

こころの部屋
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周りからよく「頭良さそう」「しっかりしてそう」と言われるけど、それは本当の自分じゃない。

 

あと、本当の自分を出すと周りが引くから、本当の自分と周りのイメージの自分のどっちを出せばいいのかわからない。

 

もし、私と同じような体験がある人がいたら参考に話を聞きたい!

 

 

上記のような質問にお答えして、私の体験談をもとに”「周りから見た自分」と「自分から見た自分」のギャップに悩んだときの対処法”についてお話したいと思います。

 

参考になれるものがあると嬉しいです。

 

 

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「他人から見た自分」と「自分から見た自分」に悩んだ時は…

 

 

結論からお話すると、私は以下のことを心がけてからギャップに苦しまなくなりました。

 

 

・自分が心地いい距離感で過ごす

・他人から見た自分も自分の一部と受け入れてあげる

 

 

なぜその考えに至ったのか?

 

その理由を、私の体験談を交えながら上から順にお話したいと思います。

 

 

 

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「他人から見た自分」と「自分から見た自分」にギャップがあっても自分が心地いい距離感ならそれでよし!

 

 

「他人から見た自分」と「自分から見た自分」にギャップがあると、どんな自分でいたらいいかわからなくなったり、他人から見た自分を演じちゃったりしますよね。

 

私も、本当は「ズボラ」「テキトー」なタイプなのに、普段おとなしいからか、なぜか周りから「しっかりしてる」「頭いい」と思われることが多く、そのギャップにすごく生きづらさを感じていました。

 

「しっかりしてる」「頭いい」といったイメージを持たれてると思ったら、そのときにすぐ「私そんな人じゃないよ!笑」と冗談まじりに言えたらよかったのですが、素の自分を出すのが怖くてなかなか言い出せませんでした。苦笑

 

大人に近づくにつれて、個性を出すと周りから冷たい目で見られる現実を知り、「本当の自分を出さない方が安全。」と思うようになっていたんですよね…。

 

なので、本当の自分を出さないのは周りに嘘をついているようで罪悪感があるけれど、それよりも引かれたくない嫌われたくない気持ちが強かったので本当の自分を隠し続けていました。

 

 

そんな他人軸すぎる私でしたが、本である話を知り「他人から見た自分」と「自分から見た自分」のギャップに悩み、よどんでいた心に一筋の光が刺しました。

 

 

それは…

 

 

自分が心地いいと思う距離感で過ごす

 

たとえ本当の自分じゃなくても、それが心地いい距離感なら違う自分になってもいい。

 

 

 

 

私は、この話を知ってすごく衝撃を受けました。

 

 

なぜなら、裏表の差があまりない方がいいと思っていたからです。

 

裏表がない方が、周りから信頼されやすく愛されやすいという固定観念が私の中でありました。

 

なので、「本当の自分を出せていない=周りに嘘をついている」という罪悪感がすごくあったんです。

 

でも、本当の自分を出したら引かれる…嫌われる…そんな恐怖でいっぱいでした。

 

 

 

しかし、この話を知ってから、必ずしも本当の自分を出そうとしなくていいんだと思えましたし、それが悪ではないという考え方にも変わりました。

 

私の中での、良い人間関係の築き方が大きく変わったきっかけでした。

 

そこから私は、「他人から見た自分」と「自分から見た自分」にギャップを感じても、「それが私にとって心地いい距離感ならいっか!」と思えるようになりました。

 

 

 

人によって自分のすべてを見せられる人や、「ここまでしか見せたくないな…」と思う人はいますよね。

 

その中でも自分のすべてを見せていない人に対して、相手や自分にも嘘をついていると感じ、私のように罪悪感をもってしまう方もいると思います。

 

ですが、それがあなたにとってストレスの少ない良い距離感であれば、本当の自分を出そうとしなくていいですし罪悪感も持たなくていいんじゃないかなと思います。

 

 

心地いい距離は、必ずしも自分のすべてを相手に見せる関係性だけじゃないと私は思います。

 

 

「でも、裏表があると人として怖いしあまりよくない気が…」と思った方。

 

 

確かに悪さをたくらんでいて、人を陥れるために違う自分になるのは意味が違うと思います。

 

 

 

普段、過ごすなかで関わる学校の友達や仕事場の人。バイト先の人など。

 

苦手な人や自分のすべてを見せたくない人に出会ったときは、心地いい距離を保つために違う自分になってもいいと思います。

 

自分のすべてを知って欲しい人。自分が大切に思っている人。すべてをさらけ出しても心地いい距離感でいられそうな人。

 

そういった人たちに自分のすべてを見せる。という形でもいいのかなと思います。

 

 

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心地いい距離感であれば他人から見た自分も自分の一部と受け入れてあげる

 

ここまで「心地いい距離感であれば本当の自分じゃなくても良い」というお話をしましたが、もう少し深堀りしたお話をしたいと思います。

 

実際私は、「心地いい距離感であれば本当の自分じゃなくても良い」ということを知って、前より心が楽になれました。

 

ですが、もう1つあることを想うようになったことで、心がまた少し楽になれました。

 

ここからは、本や専門家の知識などではなく、私個人の方法なので「う〜ん。あんまり…。」という方は飛ばしてくださいね!笑

 

それでは、今からもう1つの方法をしたいと思います。

 

 

 

それは

 

 

他人から見た自分も自分の一部と受け入れてあげる

 

自分から見た自分だけが「本当の自分」と思うのではなく、人によって自分の在り方が変わる自分も1つの自分と受け入れてあげる。

 

 

 

心地いい距離感であれば違う自分になっても良いと自分に許可したことで心が軽くなったのですが、自分から見た自分が「本当の自分」という考えは変わってなかったんですね。

 

その影響で、「本当の自分」と「よそ向けの自分」を分けてる感覚が強くなって、「よそ向けの自分」で周りから誤解されたとき、「私の本当の気持ちなんて知らないくせに…」と周りを敵に見てしまうようになったんです。

 

「このままじゃ、また心が沈んでしまう…」そんな気がした私は、自分を見つめ直してみることにしました。

 

するとこんなことに気づいたんです。

私にとっては「よそ向けの自分」でも、周りにとってはそれが「本当の私」なのだから誤解されるのはしょうがなんじゃないか?

 

また、自ら「違う自分」になって周りと接しているので、周りから見た自分も1つの自分だと受け入れてしまえば心が楽なんじゃないか?

 

 

 

たとえば、Aさんといるときはアニメオタクな自分になってるけど、それも自分。

 

Bさんといるときは、好きなアイドルでキャーキャー叫ぶ自分になってるけど、それも自分。

 

Cさんといるときは、仕事の話しかしない自分になってるけど、それも自分。

 

といったように、人によって自分の在り方が変わっても、どれも自分なのだから別にどれが自分でどれが自分じゃないかなんて分けなくていいじゃん!と思ったんです。

 

 

それから私は、「他人から見た自分も自分の一部として受け入れよう」と思うようになりました。

 

そのおかげで、誤解されても「まあ、あのときの自分なら周りからそう思われてもしょうがないか。」「これも自分だからいいよね。」と、どんな自分も受け入れるようになったことで自分に優しくなれたし、心がよりラクになれたんですね。

 

なので、もし「この考え方いいな」と思ってくれた方がいたら、ぜひ試してもらえたらなと思います。

 

 

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【まとめ】「他人から見た自分」と「自分から見た自分」どちらも違って良し!

 

では最後にもう一度お話します。

 

「他人から見た自分」と「自分から見た自分」のギャップに悩んだ時は…

・自分が心地いい距離感で過ごす

・他人から見た自分も自分の一部と受け入れてあげる

 

 

この2つを心がけたことで、私は少しずつギャップに苦しまなくなりました。

 

「いいな」と思ってくれた方は、ぜひ試してもらえると嬉しいです。

 

 

 

私も、はじめはどんな自分も受け入れることが簡単にはいかなくて、つまずいてばかりでした。

 

でも、ゆっくり継続して受け入れる練習をしたことで、前よりいろんな自分を受け入れられるようになりました。

 

そのおかげで、自分や人にも優しくなれたり自分に自信がついたり、自分が幸せと思える道を選択できるようになりました。

 

 

裏表がある人は、あまりよくないイメージがあると思います。

 

でも、裏表があっても決して悪い人とは限らないと思います。

 

環境が変わると自分も変わると聞きます。

 

なので、違う自分になっても全然いいと思います。

 

これを機に、違う自分を肯定的に思ってくれる人が増えたら嬉しいです。

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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